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新年早々断続的に雨か雪が降り続いている鳥取です。
元日に、鳥取県東部の鳥取市国府にある宇倍神社に初詣に行った時の写真です。
因幡国一宮とされており、鳥取県東部では一番参拝者の多い神社ですが、あいにくの天気でしたので人足はそんなに多くなかったです。
さっさと参拝できたので良かったですが。
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
今年の多幸を祈って。
祭神の武内宿禰命は古代日本の5人の天皇に仕えた忠臣として伝えられる人物です。360年の長命だったとされ、武内宿禰命を祀る宇倍神社も長寿や健康、病気平癒のご利益があるとされています。
また、宇倍神社の拝殿は明治32年に発行された五円紙幣に、武内宿禰命の御尊像とともに神社として初めて図案に採用されたということから、お金や商売繁盛に縁がある神社ともされています。
まぁ、毎年参拝しても健康になった気も金運が上がった気も全くしないのですが。PR -
鳥取県中部の湯梨浜町の東郷湖羽合臨海公園あやめ池公園にて12月1日からウィンターイルミネーションが開催されています。約4万個のLEDが、公園を彩っています。静かな水辺が幻想的な灯りに照らし出されています。
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL 17㎜ F1.8)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL 17㎜ F1.8)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL 17㎜ F1.8)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL 17㎜ F1.8)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL 17㎜ F1.8)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL 17㎜ F1.8)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL 17㎜ F1.8)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL 17㎜ F1.8)
▲ 年明けの3日まで光のオブジェが楽しめます。有名どころでのイルミネーションは約100万なんてのもありますので数字だけ見れば大したことなく感じるかもしれませんが、至る所で水鏡になっていて、一際映えて見れます。 -
兵庫県北部の香美町にある猿尾滝の写真です。日本の滝百選の一つに選ばれています。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 猿の尾に似ていることから名付けられたというこの滝。上下二段の滝で、思っていたより勇壮でした。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 駐車場から歩いて数分で滝の前に到着します。立派な滝ですので、地元も大事にされているのでしょう。遊歩道も整備されています。写真には写っていませんが、紅葉の季節ということもあって多くの人が訪れていました。 -
鳥取県東部の岡山県との県境に位置する智頭町にて。同町の諏訪神社は、鎌倉時代に、信州の諏訪大社から分霊を頂き、軍神や鎮火の神様として崇敬されてきたそうです。境内には多くの楓の木が植えられており、古くから紅葉の名所として知られています。
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZ)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZ)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZ)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZ)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZ)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZ)
(撮影 OLYMPUS E-M5 MarkⅡ + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZ)
▲ 諏訪神社の社紋は楓なのだそうです。地元の人たちに大事に守られてきたのが伺えます。
紅葉の見頃は11月上旬から11月下旬ごろとなっていました。20日を過ぎた頃に写したものですが、ちょっと遅かったのか、大分葉が落ちていました。 -
鳥取県東部の岩美町の岩井小学校跡地にて。
管理人の出身地である岩美町には紅葉の名所というのは思い当たらないんですが、昔廃校になった跡地に銀杏の木があったと思いちょっと撮影しに。
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
▲ 昔の卒業生の卒業制作が残っていました。自分が子供の頃は岩美町にも小学校が8つあったように記憶しています。私の親の代では分校なんかも入れればもっとたくさんありました。それが統廃合が進んで今では3つになっています。この学校が廃校になったのは、確か2000年頃のことだったでしょうか。私の出身校ではありませんが何となく寂しく思います。 -
11月15日の土曜日に、鳥取県境港市の境港ターミナルを会場に開催された「自衛隊フェス2025 in 境港」で撮影した写真です。「自衛隊フェス2025 in 境港」は島根と鳥取の地方協力本部によるもので、山陰では初めてだそうです。当日は晴天にも恵まれ、大勢の来場者で大盛況でした。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ オープニングセレモニーで鳥取地方協力本部のマスコットのトピコなど、マスコットたちの前であいさつする鳥取と島根の地方協力本部長。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ たかなみ型護衛艦の3番艦である護衛艦「まきなみ(DD-112)」。第3護衛隊群第7護衛隊に所属し、定留港は大湊基地となっています。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 呉基地に配備されているそうりゅう型潜水艦の2番艦「うんりゅう(SS-502)」が来ていました。潜水艦が境港に寄港するのは初めてなのだとか。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 陸上自衛隊の車両も展示されていました。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 航空自衛隊の警備犬。閉じ込められた人の捜索や、不審者への対処などの訓練展示が行われました。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 島根県松江市の航空自衛隊高尾山分屯基地の高尾山レッドクラブの演技。F-35をモチーフにしたカウルを被せた自転車で二次元アクロバットな演技を見せてくれます。今年初めての公演としきりに言っていましたが、そう言えば5月の美保基地航空祭は中止だったと今更思い出しました。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 陸上自衛隊美保分屯地から飛来した、大型輸送ヘリのCH-47チヌークの展示飛行。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 海上保安庁美保航空基地に配備されているヘリコプターの展示飛行。この日は、夢みなとターミナルイベント「夢みなとGO!GO!のりもの探検2025」が行われていて、警察車両などの展示やキッチンカーが来たりしていました。
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
(撮影 OLYMPUS STYLUS 1s)
▲ 航空自衛隊美保基地のC-2輸送機の展示飛行も行われました。 -
鳥取県東部の岩美町にて。
岩美町馬場という集落に、言文一致唱歌を提唱した音楽教育家・作曲家の田村虎蔵(1873年~1943年)生誕の地の碑があります。
「大黒さま」「一寸法師」「花咲爺」といった有名な童謡・唱歌を数多く作曲されたことでも知られています。
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
(撮影 OLYMPUS STYLUS SH-3)
▲ 碑の説明文の日付には平成16年11月7日とあります。11月7日は田村虎蔵の命日です。
東京新宿区の筑土八幡神社の裏手に居住していたのが縁で、昭和40年に田村虎蔵先生をたたえる碑が教え子らによって境内左手に建立されているそうです。岩美町が輩出した優れた文化人として語られますが、実績もさることながら優れた指導者であったのだろうと想像します。
